意識高い系ってどんな人?
"意識高い"の中でも負の要素の強い言葉として"意識高い系"という言葉がある。
私自身は"意識高い系"なのだろうか。
答えはNoだ(と信じてる)。
実際に自分自身で経験し感じた事ではあるが、役員や幹部と呼ばれるような運営側に立ってサークルや学生団体を動かす輩は"意識高い系"の人が大半を占めると思っている。
なぜなら、多くの学生からは熱意のカケラも感じることができないうえに、曖昧な答えしか返ってこないからである。
友達がいなくなるのが嫌で、サークルを続け、いつの間にか運営する側になり、他に特にやることもないし、よく調べて無いから分からないけど、就活で役立つかもしれないから、と無意味な活動と議論を繰り返す。
彼ら・彼女らはなぜあんなにも行動原理,理由が曖昧なのだろうか?
何をするのにも「友達が~」とか「就活が〜」「役立つ~」とかばかりで、結局のところ他人任せであるこのが多い。
自分がやりたいことを見つけられていないのである。
故に何人かの学生に「なんで◯◯(企画・起業・サークル立ち上げ・サークル運営…etc)をしようと思ったの?」と聞くと本当に曖昧な回答しか返ってこないのである。
目の前にあるやりたいことの中から、やれることを見つけてそれをすればいいだけなのに、あたかも「サークル活動」が自分のやりたいことのように、それこそ周囲に流されて、考えてしまう。
もちろん、周囲の意見をある程度参考にするのは大切だし、多少流されても構わないと思うが、自身の軸を持つことも大切ではなかろうか。
周りがやってるから、ネットに書いてあったから、とかを理由にして行動してしまう。
これは大学生の行動原理なのだろうか。
周囲と同じ動機で動き、活動をする。
実に愚かである。
周囲の評価を得るためでなく、自己向上に時間を割けるといいですね。
改めて考えてみると、こんな記事を書いてしまう辺り、私自身も意識高い系の人と大差ないのかもしれない。